壺屋やむちん通りの後はバスで識名園へ。
琉球王国の別邸ということで、行ってみたかったんです。
世界遺産にもなっていて、庭園も素晴らしかった。

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バスに乗って識名園へ。

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ここに来るまでは知らなかったのですが、世界遺産。

入口から入ってすぐに番屋が見えてきます。

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ココは後から訪れるので今は遠めから鑑賞。

コチラは通用門。

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正門があったことに今気づいた。
見ていないw

沖縄らしい木々の間を通りながら御殿へ向かう。

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ちなみに識名園は沖縄の言葉でシチナヌウドゥンと呼ぶ。
1799年に造られた琉球王国の最大の別邸。

途中に噴水?

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育徳泉というそう。

庭園も有名なのですが、まずは御殿へ。

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御殿と呼ぶにはちょっと質素な感じもしますが。
でも、赤瓦屋根のこの建物は上流階級のものに許された造り。

御殿の見取り図。

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見た目よりも大きく160坪もあり、部屋数は15。

このお部屋は前の一番座。

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1800年に尚温王の冊封使はこの部屋でもてなしをうけた、と解説がありましたが、尚温王もわからなければ冊封使もわからず。
時間ができたら琉球の歴史を調べてみたい。

中は色がない…と思ったのが感想。

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人がいたら、家具があったらまた違うのでしょうが。
昔の家って色があまりないけど、特に色がないと思ってしまった。

この四角い囲いは御茶湯御酒羹所。

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料理やお酒、お茶などを炭火であたためておく場所。

お手洗い。

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おそらく下に垂れ流しかと…。

コチラは台所。

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真ん中にどーんと置かれてあるのはまな板。
実はこの部屋天井がなく、煙が天井裏に伝わるような仕組み。
それによってシロアリ等の害虫を防ぐことができたそう。
この時代にもシロアリの悩みとかあったのね。

小さな中庭。

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小さな中庭ってちょっと海外っぽい造り。
当時の琉球王国は日本より他の諸外国の影響の方が大きかったのでは。

コチラは馬小屋かと思ったら駕籠屋。

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首里城から王様たちが乗ってきた御輿を置くところ。
てか、首里城からココって結構近いよね。
そんな近くに別邸って必要なのかなー。

この識名園の見どころの1つの庭園。

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コチラは廻遊式庭園。
ココは日本の庭園と同じ形式。

ただ中国式の東屋等、ところどころに琉球らしさが。

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六角形の東屋だけに六角堂。

コチラは船着き場。

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といっても池専用ですが。

この船着き場の上がちょっとした丘になっており。
第二次世界大戦の爪痕も。

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この識名園は日本陸軍病院の分院が置かれ、防衛隊が配属されたとか。
あまりよくわからなかったのですが、この辺りに防衛隊が待機、避難のために掘った穴があるそう。

その近くに勧耕台と呼ばれる展望台が。

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那覇市内を一望できます。

最後に番屋に立ち寄り。

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特に特筆すべきものはありませんでしたが。

識名園観光終了。

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