続いては雨の中徒歩で旧下ヨイチ運上家まで行ってきました。
運上家とはアイヌとの交易をおこなっていた場所。
かつてはたくさんあった運上家ですが現在残っているのはココだけらしいです。

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旧下ヨイチ運上家までは徒歩で向かいました。
途中の海。

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先ほどの福原漁場はほんとに目の前が海なんです。
いつでも海に出れるくらいすぐ!

徒歩20分くらいで到着した下ヨイチ運上家。

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めっちゃ素敵な建物です。
この下ヨイチ運上家は、江戸時代、松前藩が行っていたアイヌ民族との交易を請け負った商人たちが、経営の拠点とした建物。
1853年に建てられた現存する唯一の運上家です。
ちなみに冬季は休業になるので、訪れるのは11月末くらいまでと思っておいた方がいいかも。
ギリギリだったー。

ちなみにこの運上家、入口が2つありますね。

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実は裏手にもあり3つあるのですが、身分によって入る入口が異なっていたとのこと。
身分によって門の造りも違うという。
昔は大変ですね~。

中は先ほどの福原漁場とそこまで変わらない?

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土間があって囲炉裏があって…という造りで、交易の場なのかな?と思いましたが。
なんか色々な役割があったそうです。
もちろん、アイヌとの交易の場でもあるのですが。
幕府役人が視察等に訪れたり。
もちろん江戸時代だと日帰りってわけにはいかないのでココで寝泊まりしたり。
ニシン漁が栄えた時代はその関係者が利用したりとあったようです。

広い土間。

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奥に見えている入口が一番身分が低い人が利用したものらしい。

土間には色々生活用品も。

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臼や杵、その他色々な生活用品が並べられている。

もちろん釜戸も。

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右がゴハンで左が汁物用かな?

おそらくお櫃とおかずを入れていたもの。

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洗い場もありました。

所狭しと食器も並べられていました。

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食器もシンプルなものから豪華なものまで。
コチラも身分に合わせて出されたのでしょうね。

お酒のお部屋までありました。

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お酒はお祝いの席ではもちろん、ココでは網おろし、初上げ、あと交易時の接待の場等には欠かせないもの。
てか、菊正宗は灘のお酒だし、松竹梅も伊丹発祥の銘柄ですね。
関西から北海道まで船で運んでいただろうけど、当時は相当大変だったのでは。

お手洗いも。

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このようなお手洗いにだいたい使用禁止との張り紙があるのですが。
見学者でトイレと思って使用する人いるのだろうか?
ちなみにコチラは一般用。
身分の高い人は別にあります。

この時見学者は他にもいないのでとても広い空間。

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この写真ではわかりづらいのですが、この板の間段差になっていて。
座る場所も身分によって違っていたのです。
ちなみに上流階級の人たちは畳に座れます。

コチラは入ってすぐの場所にあった船主居間。

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船主になると1部屋、畳敷きの間が与えられるのですね。

ちなみに一般の人たちはコチラで。

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でも囲炉裏の前に下っ端は座れなかったと思われます。

それでは内部も見ていきましょう。
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