クラボウ記念館の続きです。
続いては昭和の戦前&戦中編です。
戦争で工場の半減したりと、戦争の被害はかなり大きかったそうです。
それでも、文化交流は盛んではありました。

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コチラは昭和の前半、戦前から戦中の時代を展示した第三室の部屋。

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この時代は芸術・文化の振興に努めた時代でもあったそう。
部屋自体が何となく芸術的ですよね。

コチラは鶴形丸の舵輪。

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昭和初期の運搬には船が使われていたそうで。
その船、鶴形丸の舵輪だそうです。

コチラも工場模型。

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場所は倉敷ではなかったはず。
第一次世界大戦中は意外と好景気。
工場も順調に増やしていったそうです。
しかし、戦後はかなり不況に陥ったそうで、紡績各社も合理化を進めていった時代。
この時、グループ会社として倉敷絹織(現クラレ)ができたそう。

コチラは大正から昭和にかけて使われた火鉢の学校の鐘。

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てか倉敷紡績に勤めると学校にも行けちゃうって時代だったらしい。

コチラは食堂にあった時計。

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大時計とありますが、ふつーの掛け時計くらいの大きさ。
当時はこのサイズは大きい部類だったのかな。

それにしても何がスゴイってこの会社、福利厚生が素晴らしいの。

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今ってそんなに福利厚生っていいイメージはないよね。
私の会社でも福利厚生はあるけど、色々節約されてしまった。
例えば入社時は薬の配布があったけどなくなった。
海外のホテル…というかコンドミニアムもかなり安く泊まれていたけどなくなったし。
それこそ親の時代はかなり安く会社の保養所とか使えていたけど。
今は殆どいいのがないですよね。
でもこの当時は学校や習い事等も色々豊富。

面白かったのがこのポスター。

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これすごろくになっていて。
入社がふりだしでゴールが結婚。
この時代は結婚したら会社をやめるって感じだったしね。
ゴールまでの間は会社の茶道等の福利厚生みたいのが描かれている。

この机とイスはおそらく昭和天皇が使われたものでは。

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説明には昭和25年にクラボウの北条工場を訪れたって説明だけで、このイス等には触れられていないんですよね。

このフロア一面に目立っているこの襖。

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コレは世界的な版画家棟方志功氏の作品。
棟方志功氏は名前を知らなくても、絶対に作品見たことあるってくらい有名な人。
私もあー、あの絵(実際は版画)の人かーって思った。
なのでググってみていただければわかると思います。
小学校の教科書等でよく見た気が。
ちなみにこの襖には「玉みがかざれば器とならず、人学ばざれば道を知らず」と書かれています。

コチラは芭蕉布と呼ばれる沖縄の伝統織物。

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戦時中に工場勤務だった沖縄出身の平良敏子氏がこの芭蕉布を学ぶ機械を得て、戦後に沖縄に戻った後にこの芭蕉布を復活させたとのこと。
私は知らなかったのですが、この芭蕉布は重要無形文化財にも登録。
そしてコレを作った平良敏子氏はなんと2000年に人間国宝に認定されたとか。
彼女が働いていた時の社長であった故大原總一郎氏を偲んで寄贈されたとか。

第二次世界大戦はクラボウも大きな損失を被っており、生産設備は30%くらいしか残らなかったとか。
続いては戦後のクラボウが現在に至るまでどう生き抜いたのか…のお部屋です。

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